【ターニングポイント】

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昼間の、リナの様子を、ゼルガディスから聞き、少しの沈黙の後、ガウリイは、神妙な面持ちで、口を開く。
「確かに、リナが、無理をしているのは、分かっていたが……」
リナが、それに気付かれない様に、元気を装おっていたから、敢えて黙って、見逃していたのだ。
だが、その理由が、まさか、リナがセイに、恋心を持っているからとは、寝耳に水である。
ガウリイが、セイと接する機会が、少ないから、仕方ないのだが、リナの変化に、気付け無かった事には、動揺を隠しきれない。
「しかし、記憶喪失でも、好みは変わらん様だな」
落ち掛けた沈黙は、揶揄う様なゼルガディスの声によって破られ、ガウリイはそれに片眉を上げる。
「どういう事だ?」
「標準以上の顔と身長、穏やかな口調に、一見優しそうな性格。いつも余裕綽々で、癪に障る表情。あんたに似ているだろ?」
「……そうか?」
嫌な笑みで言ったゼルガディスに、ガウリイは苦い表情を浮かべた。
散々言われているので、自分が平均より顔が整っている自覚は、ガウリイはある。
身長が高いのも、見下ろす事が多いから、分かっている。
口調や性格は、余り意識した事は無い。
だが、余裕綽々な表情というのは、違う気が、ガウリイはした。
ただ、出来るだけ、感情を表に出さない様に、していただけだからだ。
それは、傭兵として生きる術でもあったし、幼少からの癖でもあるからだ。
そこに、ゼルガディスの笑み混じりの声。
「ま、せいぜい気を付けるんだな」
「気を付けろて、結婚してるんだろ?」
それに、苦笑で返したガウリイに、ゼルガディスの、嫌な笑みが深くなる。
「事情は知らんが、嫁さんは居ないんだとよ」
「……お前さん、やっぱり、セイの事が好きなのか?そこまで、突っ込んだ話をするなんて、珍しいじゃないか」
「何がどうして、やっぱりなんだ……」
ガウリイの浮かんだ素朴な疑問は、ゼルガディスを、一転して、嫌そうに歪ませた。
だが、ゼルガディスが、他人の事に、そこまで興味を示すのは、珍しい事なので、ガウリイは、頬を掻く。
「いや、だってなぁ。お前さんが、人に突っ込んだ話を聞くなんて、珍しいだろ?」
「リナが聞いたんだよ。それを横で聞いただけだ」
真実の確認の流れで、どんな人か、会ってみたい。とリナが言ったら、困った様に笑い、居ないから、会わせる事は出来ないと、セイは言った。
その複雑そうな表情に、理由を聞く事を、リナが戸惑ったのだ。
不服そうなゼルガディスの言葉に、
「ああ、成る程」
ガウリイは納得し、やっと、グラスを傾けるのであった。

その翌日。
日課であるリナの診察を受けに行った先で、ガウリイは、セイをさりげなく見た。
リナが診察を受けている間、その脇で、セイは、ゼルガディスと話をしているのだ。
その内容は、主に、合成獣についての知識や、ゼルガディスの身体についてである。
今は、一冊の魔導書を開き、何やら真剣に意見を交わしている最中だ。
改めて見てみれば、中性的に整った顔立ちで、身長はゼルガディスと肩を並べる程。
そして、思い返してみれば、いつも穏やかな言葉遣いに、にこやかな表情。
性格は、少々毛色が変わっていて一癖あるが、人が良い事は分かっている。
ほぼゼルガディスが言った通りだが、自分と似ているか。と考えると、どこが?と疑問に首を傾げたくなる。
傭兵として生きて来た自分と、対する相手は医者。根本的に方向が違うのだ。
いわゆる、学者体質という程、細くはないが、セイの体格は、横に居るゼルガディスに比べても、細身である。
自分は、といえば、それなりに鍛え上げた身体で、かなり筋肉質だ。
見た目だけの印象はかなり違うし、性格も、自分とはかけ離れていて、やはり似ていないと、ガウリイは思った。

リナの診察後、3人は、町のほぼ中央にある、町長の邸宅兼・青年団の寄り合い所に居た。
週に一度、診療所は休診日があり、その日、ガウリイは、ここの青年団の剣の指南役を任され、その脇で、リナはゼルガディスと、魔法の実技を行っている。
当初の予定では、リナは、コードの元で、面倒を見て貰う筈だったのだが、ゼルガディスが現れ、リナが魔法を本格的に勉強しだし、話は変わった。
魔法を使ってみたい。と、リナが言い出し、その熱意に、ガウリイが負けたからだ。
その実習に一区切りを打ち、今は昼食を待っている所であった。
町長の家は、入ってすぐに30名程を収容出来る空間があり、担架や水桶が、壁に掛けられている。
青年団の寄り合い所として、そして何かの集まり等に、使われているからだ。
その奥には、仮眠用の部屋と、風呂場と炊事場、町長の居住空間は2階に。建物のすぐ隣には、半鐘を吊るした火の見矢倉がある。
暫くして、奥から、町長の孫娘が、温かな食事を乗せた配膳台を押し、現れた。
町を守る青年団の為に、町長から昼食が用意される。
そのついでに、リナ達の食事も、提供される事になったのだ。


配られた食事を口に運び、ガウリイは口を開く。
「コツは掴めそうか?」
「落ち着いて唱えたら、何とか発動するけど、いざという時に使えるか、て言えば、正直な所分からないわ」
「自分の身を守るには不十分なのは確かだ。だが、基礎から覚えている割には、かなり使えると言って良いだろう」
肩を竦めてみせたリナに続き、ガウリイの向かい側から、冷静な声が。
リナが、魔法の実技の了承を得たのは、何かあった時の為に、自分の身を守れた方が良いという、ゼルガディスの助言があったからであった。
了承を出した後、自ら前線に立たない様に、無理はしない様に、とガウリイが付け足したのは、言うまでもない。
リナが記憶を失った時の事を思い出したのか、その表情は、痛みを堪えた悲しみの色があり、リナに反論出来ない空気を滲ませていた。
その切実さに、ゼルガディスは、今回の事以外で、二人に何かあったのだろう。と、悟ったのだった。
「何も出来ないよりは良いさ」
ふわりと隣の小さな頭を撫で、ガウリイは複雑な笑みを浮かべた。
リナには安全な場所で、大人しく待っていて欲しいのだが、デーモンは神出鬼没で、安全な場所はどこにも無い。
それに、魔法を使える様になれば、何かしら思い出すかも知れない可能性もある。
だが、魔法を使える様になったリナが、果たして大人しく待っていてくれるのか、という疑問もある。
その反面、リナの勝ち誇ったあの笑顔が見れるなら、共に戦いたい。とも思っている。
色々な思念が混じった結果が、ガウリイの表情であった。
微妙な空気を払う様に、リナが手を大きく広げる。
「大きい魔法をパァッ!と使ってみたいなぁ。とか思ってるんだけど♪」
「そ、それだけは止めてくれ!!」
「破壊活動をする気か、お前は……」
顔を青ざめ懇願するガウリイと、疲れた表情と声のゼルガディス。
それを順に見て、リナはつまらなさそうに、口を尖らせる。
「だぁ〜てぇ、今使えるのって、目立たないんだもの」
「そんな事言うなら、魔法の実技は反対だからな!」
「目立たない、て……俺には理解出来ん……」
とことん保護者なガウリイと、とことん後ろ向きなゼルガディス。
二人の男に、リナはパタパタと手を振る。
「やぁねぇ。冗談よ。冗談。半分♪」
「「半分本気だったのか?!」」
綺麗にハモッたツッコミに、リナはアハハと作り笑いをし、青年団の3人が爆笑するのであった。

「で、どう思う?」
リナが寝静まった後、ゼルガディスは酒を傾けながら、ガウリイを見た。
途端、彼の目が戸惑いに揺れる。
「多分、ゼルガディスの予想通りだと思う」
診察中の短い時間の合間に、こっそり観察していただけだが、確かにリナが、セイに特別な視線を向けていたのを、ガウリイは見逃さなかった。
それは、まだ恋には達していない、憧れに近い色だった。
誰もが幼い頃に芽生える、幼い感情だが、それと恋を見分ける術を、今のリナは持っていないだろう。
「どうするつもりだ?」
「どうしようもないだろ?」
質問に、苦い笑みで答え、ガウリイは酒をゆっくりと喉に流す。
幼い感情に、下手な刺激をすれば、それは思ってもみない方向に向かう恐れがあるからだ。
「なるようにしか、ならんさ」
酒を飲み干し、ガウリイは悲しげに微笑んだ。
≪続く≫