【ターニングポイント】‐8‐ |
昼間の、リナの様子を、ゼルガディスから聞き、少しの沈黙の後、ガウリイは、神妙な面持ちで、口を開く。 「確かに、リナが、無理をしているのは、分かっていたが……」 リナが、それに気付かれない様に、元気を装おっていたから、敢えて黙って、見逃していたのだ。 だが、その理由が、まさか、リナがセイに、恋心を持っているからとは、寝耳に水である。 ガウリイが、セイと接する機会が、少ないから、仕方ないのだが、リナの変化に、気付け無かった事には、動揺を隠しきれない。 「しかし、記憶喪失でも、好みは変わらん様だな」 落ち掛けた沈黙は、揶揄う様なゼルガディスの声によって破られ、ガウリイはそれに片眉を上げる。 「どういう事だ?」 「標準以上の顔と身長、穏やかな口調に、一見優しそうな性格。いつも余裕綽々で、癪に障る表情。あんたに似ているだろ?」 「……そうか?」 嫌な笑みで言ったゼルガディスに、ガウリイは苦い表情を浮かべた。 散々言われているので、自分が平均より顔が整っている自覚は、ガウリイはある。 身長が高いのも、見下ろす事が多いから、分かっている。 口調や性格は、余り意識した事は無い。 だが、余裕綽々な表情というのは、違う気が、ガウリイはした。 ただ、出来るだけ、感情を表に出さない様に、していただけだからだ。 それは、傭兵として生きる術でもあったし、幼少からの癖でもあるからだ。 そこに、ゼルガディスの笑み混じりの声。 「ま、せいぜい気を付けるんだな」 「気を付けろて、結婚してるんだろ?」 それに、苦笑で返したガウリイに、ゼルガディスの、嫌な笑みが深くなる。 「事情は知らんが、嫁さんは居ないんだとよ」 「……お前さん、やっぱり、セイの事が好きなのか?そこまで、突っ込んだ話をするなんて、珍しいじゃないか」 「何がどうして、やっぱりなんだ……」 ガウリイの浮かんだ素朴な疑問は、ゼルガディスを、一転して、嫌そうに歪ませた。 だが、ゼルガディスが、他人の事に、そこまで興味を示すのは、珍しい事なので、ガウリイは、頬を掻く。 「いや、だってなぁ。お前さんが、人に突っ込んだ話を聞くなんて、珍しいだろ?」 「リナが聞いたんだよ。それを横で聞いただけだ」 真実の確認の流れで、どんな人か、会ってみたい。とリナが言ったら、困った様に笑い、居ないから、会わせる事は出来ないと、セイは言った。 その複雑そうな表情に、理由を聞く事を、リナが戸惑ったのだ。 不服そうなゼルガディスの言葉に、 「ああ、成る程」 ガウリイは納得し、やっと、グラスを傾けるのであった。 その翌日。 日課であるリナの診察を受けに行った先で、ガウリイは、セイをさりげなく見た。 リナが診察を受けている間、その脇で、セイは、ゼルガディスと話をしているのだ。 その内容は、主に、合成獣についての知識や、ゼルガディスの身体についてである。 今は、一冊の魔導書を開き、何やら真剣に意見を交わしている最中だ。 改めて見てみれば、中性的に整った顔立ちで、身長はゼルガディスと肩を並べる程。 そして、思い返してみれば、いつも穏やかな言葉遣いに、にこやかな表情。 性格は、少々毛色が変わっていて一癖あるが、人が良い事は分かっている。 ほぼゼルガディスが言った通りだが、自分と似ているか。と考えると、どこが?と疑問に首を傾げたくなる。 傭兵として生きて来た自分と、対する相手は医者。根本的に方向が違うのだ。 いわゆる、学者体質という程、細くはないが、セイの体格は、横に居るゼルガディスに比べても、細身である。 自分は、といえば、それなりに鍛え上げた身体で、かなり筋肉質だ。 見た目だけの印象はかなり違うし、性格も、自分とはかけ離れていて、やはり似ていないと、ガウリイは思った。 リナの診察後、3人は、町のほぼ中央にある、町長の邸宅兼・青年団の寄り合い所に居た。 週に一度、診療所は休診日があり、その日、ガウリイは、ここの青年団の剣の指南役を任され、その脇で、リナはゼルガディスと、魔法の実技を行っている。 当初の予定では、リナは、コードの元で、面倒を見て貰う筈だったのだが、ゼルガディスが現れ、リナが魔法を本格的に勉強しだし、話は変わった。 魔法を使ってみたい。と、リナが言い出し、その熱意に、ガウリイが負けたからだ。 その実習に一区切りを打ち、今は昼食を待っている所であった。 町長の家は、入ってすぐに30名程を収容出来る空間があり、担架や水桶が、壁に掛けられている。 青年団の寄り合い所として、そして何かの集まり等に、使われているからだ。 その奥には、仮眠用の部屋と、風呂場と炊事場、町長の居住空間は2階に。建物のすぐ隣には、半鐘を吊るした火の見矢倉がある。 暫くして、奥から、町長の孫娘が、温かな食事を乗せた配膳台を押し、現れた。 町を守る青年団の為に、町長から昼食が用意される。 そのついでに、リナ達の食事も、提供される事になったのだ。 配られた食事を口に運び、ガウリイは口を開く。 「コツは掴めそうか?」 「落ち着いて唱えたら、何とか発動するけど、いざという時に使えるか、て言えば、正直な所分からないわ」 「自分の身を守るには不十分なのは確かだ。だが、基礎から覚えている割には、かなり使えると言って良いだろう」 肩を竦めてみせたリナに続き、ガウリイの向かい側から、冷静な声が。 リナが、魔法の実技の了承を得たのは、何かあった時の為に、自分の身を守れた方が良いという、ゼルガディスの助言があったからであった。 了承を出した後、自ら前線に立たない様に、無理はしない様に、とガウリイが付け足したのは、言うまでもない。 リナが記憶を失った時の事を思い出したのか、その表情は、痛みを堪えた悲しみの色があり、リナに反論出来ない空気を滲ませていた。 その切実さに、ゼルガディスは、今回の事以外で、二人に何かあったのだろう。と、悟ったのだった。 「何も出来ないよりは良いさ」 ふわりと隣の小さな頭を撫で、ガウリイは複雑な笑みを浮かべた。 リナには安全な場所で、大人しく待っていて欲しいのだが、デーモンは神出鬼没で、安全な場所はどこにも無い。 それに、魔法を使える様になれば、何かしら思い出すかも知れない可能性もある。 だが、魔法を使える様になったリナが、果たして大人しく待っていてくれるのか、という疑問もある。 その反面、リナの勝ち誇ったあの笑顔が見れるなら、共に戦いたい。とも思っている。 色々な思念が混じった結果が、ガウリイの表情であった。 微妙な空気を払う様に、リナが手を大きく広げる。 「大きい魔法をパァッ!と使ってみたいなぁ。とか思ってるんだけど♪」 「そ、それだけは止めてくれ!!」 「破壊活動をする気か、お前は……」 顔を青ざめ懇願するガウリイと、疲れた表情と声のゼルガディス。 それを順に見て、リナはつまらなさそうに、口を尖らせる。 「だぁ〜てぇ、今使えるのって、目立たないんだもの」 「そんな事言うなら、魔法の実技は反対だからな!」 「目立たない、て……俺には理解出来ん……」 とことん保護者なガウリイと、とことん後ろ向きなゼルガディス。 二人の男に、リナはパタパタと手を振る。 「やぁねぇ。冗談よ。冗談。半分♪」 「「半分本気だったのか?!」」 綺麗にハモッたツッコミに、リナはアハハと作り笑いをし、青年団の3人が爆笑するのであった。 「で、どう思う?」 リナが寝静まった後、ゼルガディスは酒を傾けながら、ガウリイを見た。 途端、彼の目が戸惑いに揺れる。 「多分、ゼルガディスの予想通りだと思う」 診察中の短い時間の合間に、こっそり観察していただけだが、確かにリナが、セイに特別な視線を向けていたのを、ガウリイは見逃さなかった。 それは、まだ恋には達していない、憧れに近い色だった。 誰もが幼い頃に芽生える、幼い感情だが、それと恋を見分ける術を、今のリナは持っていないだろう。 「どうするつもりだ?」 「どうしようもないだろ?」 質問に、苦い笑みで答え、ガウリイは酒をゆっくりと喉に流す。 幼い感情に、下手な刺激をすれば、それは思ってもみない方向に向かう恐れがあるからだ。 「なるようにしか、ならんさ」 酒を飲み干し、ガウリイは悲しげに微笑んだ。 |
≪続く≫ |