【ターニングポイント】

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長閑な山の、小さな町。
ゼフィーリアの国境から、人の足なら一週間と掛からない所にその町はある。
時刻は昼と夕の間、山頂付近で野草を摘んでいた人間の手が止まった。
いつもは、野生の動物の息吹が感じられるのに、それが急にパタリと止んだのもあるが、肌にピリピリとした刺激が走ったからだ。
時刻は数分だけ進み、その山の中腹、一人の剣士が、剣を振っていた。
その表情には余裕が無く、眉間には深い皺。
その人物が対峙するは、異形のモンスターなので、それも無理は無い事なのだろうが、その人物を知る者が見れば、異常事態だと思うだろう。
剣を振る度に靡く金髪は長く、整い過ぎた顔には宝石の様な蒼い瞳。すらりと伸びた手と足には、その人物が戦いに身を置いて来た事を思わせる傷と程よい筋肉。
純魔族とさえ渡り歩いてきた人物が、魔物=レッサーデーモン相手に、焦っているのは何故か?
「……」
焦ってはいても、気配には敏感で、剣士は目の前のモンスターを沈め、後退する。
そこに、
―ガサ!ガサガサガサザッ!
木の枝と葉っぱを鳴らしながら、一つの影が上から降って来た。
退いた場所に降り立った人物を、剣士は不審そうに見る。
物騒な音を立てているこの場所に、好んでは来ないであろう普通の町人の格好であったからだ。
が、理由を聞く暇すらあらず、モンスターは見境なしに唸りを上げて光の槍を放つ。
「ちょ?!勘弁してよ!!」
状況を理解していないのか、その人物は慌ててその場を離れ、剣士は、慌てる事なく放たれた光の槍を剣で薙ぐ。
「邪魔するなら…」
「そっちは任せたから」
剣士の鋭い声を邪魔し、その人物は、剣士がずっと庇っていた方へ…その背後へと歩みを進める。
「!!」
「安心しなよ、悪い様にはしない」
ギリッと歯を鳴らした剣士は、ぴしゃりと言い放たれ、その人物に悪意が無いと感じたのか、前を真っ直ぐ見据えた。
「すぐ、終わらせる。暫く頼む」
剣士の声を背中で聞きながら、その人物は、跪く。
その目の前には、青白い顔で目を瞑る魔導士姿をした人物が倒れていた。
髪の色は、長い髪の毛先から栗色だと分かるが、頭部を怪我しているのであろう、ぺっとりと小さな顔にくっついている髪は、赤黒い色、グローブは破れ、血の気が引いた白い肌が見えている。
魔導士の状態を確認した人物は片眉を上げ、小さな舌打ちを漏らした。
その三日後、固く閉ざされていた瞳が、ゆっくりと開かれた。
「……リナ?!」
ベッド脇の椅子に腰掛けていた、金髪の剣士=ガウリイは慌てて腰を上げる。
ずっと付いていたのであろう、精彩な顔は少しやつれ、色素が薄い為視認しずらいが、髭も生えてきていた。
図った様に、その部屋の扉が開かれ、白衣を着た40代後半の柔和な顔をした人物が入って来る。
「様子はいかがですか?」
「ちょうど呼びに行こうかと思っていた所です」
ガウリイの言葉に、白衣の人物は安堵の表情を浮かべ、ベッド脇に立つ。
「リナ、医者のコードさんだ。三日間ずっと診てくれてたんだぞ。お前さん、三日も寝ていたんだぞ」
ベッドに横たわっている少女=リナに向かいそう言って、ガウリイは優しい顔をし言う。
「どこか痛む所は無いか?腹減ってないか?水飲むか?」
「ガウリイさん、少し落ち着いて。まだ意識がはっきりしていない様ですし」
ぼんやりした表情のリナを見、医者のコードは苦笑を浮かべるが、この三日間の事を思えば、仕方が無いのであろうと思っていた。
大怪我をし、担ぎ込まれた少女は、コードによって直ぐに『復活』を掛けられ、時間は掛かったものの、傷は綺麗に消えた。
しかし、出血量が多かった為か、目覚めるまでに三日も掛かったのだ。
その間、ガウリイはリナの眠るベッドから片時も離れ様とせず、彼女の着替えに追い出すのに一苦労していた事を思えば、彼は彼女に並々ならぬ想いを持っていると気付くのは容易である。
―コンコン!
「どうも、様子どう?」
ノック音と共に、部屋へと入って来たのは、ダークブラウンの短い髪と瞳、整った顔立ちをした、年の頃は20歳頃、ガウリイよりは低いが背の高い人物であった。
「リナ、セイだ。あの場で出会してな、応急手当と、この町までの道案内してくれた人だ」
リナの上半身をゆっくりと起こし、ガウリイは入ってきた人物を紹介する。
が、リナは瞬きを繰り返していて、どこかぼんやりとしているので聞いているかは怪しい。
「やあ」
「ここは…どこ…ですか?」
明るい声で、手をヒラヒラさせたセイに、リナは眉を寄せ、辺りを見渡し、
「…あなた…誰?」
自分を支えているガウリイをひたっと見て、首を傾げた。
二年も連れ添った旅の相棒に、そんな事を言われれば、当然彼は慌てる。
「な…何を言ってるんだリナ。冗談…だよな?」
掠れた声での言葉は、残念な事に否定されなかった。
≪続く≫