【アメリアと】

−3−

何でかしら?と、アメリアは首を傾げた。
確かに、ゼルガディスに気遣って貰った事は、嬉しい。だが、こんな笑みを、浮かべる程ではなかった筈だ。
その鏡の中の自分の背後に、シルフィールが映る。
背中側から、彼女の腕が伸び、鏡に映るアメリアの笑顔を指差す。
「ね?さ、白状して下さい。良い事を独り占めだなんて、ずるいですわよ?」
「いえ、本当に大した事じゃないのよ……」
「アメリアさん?わたくし、ご近所では落としの女神と言われていましたのよ?」
弱い力だが、肩を掴まれたアメリアは、鏡の中の彼女が、にっこり微笑んだのを見、何故か寒気を感じた。
「えっと……」
「覚悟なさいまし」
「ちょっ??ひゃっ?きゃはははは!」
絶妙な力で、脇をくすぐられ、アメリアは涙を浮かべ、身を捩り逃げるが、シルフィールの攻撃は、しつこく追ってくる。
ベッドに二人して乗り、追いかけっこ。
それでも追ってくるシルフィールに、とうとうアメリアが反撃に出る。
「もう!仕返し!」
「きゃっ?!負けませんわよ?」
「わたしだって!」
仕舞いには、擽り合いに発展。
それだけ騒いだので、当然、宿の主人に、扉の向こうから、「騒ぐなら出て行ってくれ!」と注意され、二人はピタリと攻防戦を止めた。
「そういえば、明日早い。て言われていたっけ……」
「そうなんですか?なら、早く休まないといけないですわね」
互いの足を掴んだまま、アメリアとシルフィールは、目を合わせ、声もなく笑った。
ゼルガディスが立てた計画は、多少遠回りでも、野宿をしなくて済む様に出来ていて、平坦な道のりが多く。現れる盗賊も、大した手練れではなく、平穏な旅が、二週間経った。
「これなら、ゼルガディスさんが心配する事無いと思わない?」
そう溢し、アメリアはシルフィールに視線を送る。2人が居るのは、小さな町の、小さな宿屋の、小さな食堂。
何事も無い事は、喜ばしい事なのだが、平穏な旅に、アメリアは、少しだけ物足りなさを感じていた。
「そうですか?わたくし、一人旅の時は、大変苦労しましたから、旅慣れたゼルガディスさんがご一緒下さって、安心しておりますわよ?」
湯気を立てている器を両手で包み、シルフィールは苦笑した。
「理解っているわ。ゼルガディスさんが居るお陰で、変な人に絡まれない事も、平穏な旅が出来ている事も。けど、会話には入ってこない。話かけても、素っ気ない表情と、端的な言葉しか、返ってこない。ちょっと虚しいのよね」
「では、ゼルガディスさんがにこやかに話かけて来たら、アメリアさんどうなさいます?」
「にこやか……気持ち悪いわ。それ……」
一瞬想像しかけ、その不気味さに、アメリアは肩を震わせた。
その反応に、シルフィールが小さく笑う。
「でしょう?ゼルガディスさんには、ゼルガディスさんの良さがございますわ。それをご存知でいらっしゃるアメリアさんは、それでも、邪魔だとおっしゃるつもりですか?」
「いえ……」
小さく否定の言葉を口にし、アメリアは席を立つ。
「ちょっと、席を外すわ」
「はい、いってらっしゃいませ」
シルフィールの穏やかな笑みに見送られ、アメリアはお手洗いへと入り、
「邪魔なのは、寧ろわたし」
自嘲の笑みを浮かべた。
今回の事件の前に、シルフィールの故郷で、起こった騒動で、知り合ったのだ。というのは、聞いた。
2人で、何日か一緒だったとも。
聞かされた時は、何とも思わなかったが、最近になって、その間に、何かあったのでは?とアメリアは思い始めていた。
それは、ゼルガディスがシルフィールに、労る様な言葉を掛ける時であったり、時折、2人で話しているのを見たりする時に。
「リナが居たらな……」
快活な彼女が居ると、いつもそこが会話の中心で、皆で楽しく話が出来た。というより、巻き込んでいたと言うべきか。
アメリアとて、それが出来ない訳ではない。得意と言っても過言では無いだろう。
それをしなかったのは、シルフィールが、ゼルガディスへの想いを、芽吹かせるかもしれない。と知っているから。
ゼルガディスを会話に参加させるのは構わない。ただ、そこに自分が居ると、彼女の淡い想いを、邪魔してしまう気がするのだ。
それに、騒がしいのが苦手な彼と、物静かな彼女が、並んだ姿を見るのが、何となく辛い。
シルフィールの事は好きなのに、たまに彼女の存在にイライラしたり、キリキリとしたり、理由の無い焦りを感じたりする。
「やだ……」
シルフィールに対して、嫌な感情を持った時の事を思い浮かべ、アメリアは愕然とした。
席に戻ろうと、食堂に入ると、シルフィールの前に、ゼルガディスが立っていた。アメリアに気付き、シルフィールが微笑みを浮かべ手を振り、ゼルガディスは溜め息一つ。
ギクリ!と一瞬肩を震わせ、アメリアは慌てて笑顔を浮かべる。
「ゼルガディスさん、どうしたの?」
夕飯を早々に終えた彼は、一足先に、部屋に引っ込んでいた。
それが、席を外していた間に、シルフィールと向かい合っている。
もしかしたら、自分が居ると、出来ない話でもあったのかもしれない。すでに済ましたのか、これからなのか分からない。
「ごめんなさい、もしかして、お邪魔?」
ゼルガディスが口を開きかけたのを遮り、アメリアは首を傾げた。
仏頂面を、さらに不機嫌そうに変えるゼルガディスが、口を開く。
「一人だと物騒だからな。念のために居ただけだ。邪魔をした」
「いえ、お心遣い、有り難うございます」
後半はシルフィールに向けられ、彼女がたおやかに微笑む。
こういう瞬間、ズルいと思ってしまう。自分では、どうしても出せない淑やかさを。
盗賊に襲われた後もそうだ。アメリアが拳を、足を、相手に叩き込むその横で、魔法以外、武器となるものが無い彼女は、ゼルガディスに護られていて、そして、真っ先に無事を確認される事が。
竜破斬を使えるとは言え、それを盗賊に使う訳にいかないから、対抗手段が無いシルフィールを思えば、それは当然だと理解っていても。
「アメリア、大丈夫か?」
「え?」
気遣う声に、弾かれる様に、アメリアは顔を上げる。知らずの内に、顔が俯き、思いに耽ってしまっていたからだ。
ゼルガディスの心配そうな視線とぶつかり、アメリアは慌てて笑みを浮かべる。
「大丈夫か、て。わたし、元気よ。どうしてそんな事を?」
「元気なら、言うことは無い。あんた達も、そろそろ部屋に戻れ、食堂が閉まる時間が近い」
溜め息に満たない、短い息を吐いたゼルガディスの表情が、一瞬和らぎ、ポンとアメリアの肩を叩き、その横を通り、風呂場へと向かっていった。
「アメリアさん、御加減大丈夫ですか?」
「もう、シルフィールさんまで」
こっそり伺ってきた、シルフィールの誰何の言葉に、アメリアは腰に手を当て口を開く。
「2人に聞かれる程、顔色悪い?」
「いえ。ただ、あまりにも、お手洗いが長かったので、お邪魔しようかと思う程でしたのよ?心配にもなりますわ」
「へ?!!」
シルフィールの怒った様な目は、冗談を言っている様には見えない。
ちょっと考え込んだだけだと思っていたアメリアは、その言葉に、慌てた。
「ま、まさか、ゼルガディスさんも?」
「いえ。アメリアさんが戻られる少し前にいらしたので、それは無いと思いますわ。恐らく、アメリアさんが、暗い顔で、俯いてしまわれたからですわ」
安心させる為か、シルフィールが柔らかく微笑む。
それに安心し、ほっと胸を撫で下ろし、アメリアは、ふと気付いた。
シルフィールに心配させる程、退席していた事を。
「シルフィールさん、ごめんなさい!心配させちゃって!」
「いえ」
慌てて頭を下げると、小さなクスクス笑いが返ってきて、アメリアはそっと顔を上げる。
「心配する相手が居るのは、素敵な事ですもの」
ふわり、とシルフィールの右手が、アメリアの髪の、小さな乱れを直す。
ツキンと、痛む胸を意識して、アメリアは一つ深呼吸をした。
「シルフィールさん、もう一つ、謝らないといけないの」
声は、今まで出した事も無い程低く、落ち着いていた。
≪続く≫