怪盗リッチシリーズ【漆黒に躍り出る】−2− |
カフェで簡単な食事を終え、彼女が外へ出ると、灰色がかった緑色の車体が、信号待ちで止まっていた。 チラリと、車内を見れば、助手席に、ウェーブの掛った、長い黒髪の男が見え、彼女は内心、モテモテねぇ。などと、その男がご執心している相手を、思い出して笑う。 何食わぬ顔で、その横を通り、彼女は、ビルとは反対の、駅へと向かう。 盗聴機の電波は、直ぐに届かなくなるが、事態は把握出来たので、問題はない。 「インターポールの方が、わざわざ、有難うございます」 新たな客に、ビルの最上階に居る男は、目の前の、ウェーブ掛った、長い黒髪の男を見る。 年の頃なら、20代半ばを過ぎた位か、くたびれた黒いコートの下には、白いシャツとジーンズ、血走った目を、ギラリと光らせ、身分証を懐にしまい、口を開く。 「リッチ逮捕の為に、インターポールに派遣されたんだ。どこにでも駆けつけるぜ」 「それは頼もしい」 笑みを浮かべる、ビルの主に、インターポールの男は、眉をピクリとさせた。 その部屋に、新たな気配が。 「失礼する。警備体制の確認に……」 開いていたドアから、入って来た男は、インターポールの男に気付き、言葉を止めた。 「ザングルス殿?」 「ん?ああ、ワイザー警部」 背後からの声に、インターポールの男=ザングルスが振り返る。 その視線の先には、年の頃なら、40過ぎ、短いブラウンの髪を後ろに撫で付け、柔和さの中に鋭さを持った渋い顔、キャメル色のスーツに、履き潰した靴の男が居た。 「耳が早いですな」 「港署随一の切れ者と噂高いワイザー警部がいるなら、俺の出番はなさそうだ」 差し出されたワイザーの右手、それを握り返し、ザングルスはニヤリと笑う。 それに、とぼけた表情を浮かべ、顎を撫でるワイザー。 「いやはや、困りましたな。実は今回、私は補佐でしてな。警備会社が中心となっておるのですよ」 「ほぉ?どういう事だ?ライアンさん」 鋭い眼光を、背後に立つ男に、ザングルスは向ける。 そこには、困った笑みを浮かべる、ビルの主=ライアンの姿。 「どうもこうも、警察に連絡したのは、一市民として、当然の事。普段出入りする警備の者と、初めてお会いする警察の方。信頼出来るのは、前者では?」 「警察が、信用出来ないて事か?」 「勘違いされては困る。警察あってこそ、平和が保てるというもの」 ザングルスの言葉に、笑みを浮かべ返したが、直ぐに困った表情を、ライアンは浮かべる。 「しかし、リッチなる盗人は、変装が得意とか。良く知った人間ならともかく、初見の方々を見破るのは、到底無理というもの。なら、安心出来る者達で、大事な商売道具を守りたい。と思うのは、理の当然」 どこか間違いでも?と、首を傾げるライアンに、ザングルスは鼻に皺を寄せ、口を開く。 「リッチの変装を甘く考えると、痛い目に遭うぜ。良く知った警備の人間が、リッチだった。なんて事もある」 「身辺調査がしっかりした、安心出来る警備会社だ。そんな心配無用だと思うがね」 「ザングルス殿、我々警察は、市民の協力あってこそ活動出来ている。現場に立てるのも、通報を頂いたお陰。ライアン殿がおっしゃられるなら、それに従うしか、我々には道が無いのでは?」 反論しようと、口を開いたザングルスを、肩を叩き黙らせ、ワイザーが言う。 「ご理解頂き、有難い。警備体制の確認しますので、どうぞこちらに」 我が意を得た事に、満足げな表情をし、ライアンは、応接テーブルに、ビルの17階の見取図を広げる。 「宝石を保管している金庫室は、17階のここ。前室を守るのは、警備会社の精鋭部隊に。警察の方々は、外の廊下をお願い頂く」 「成程、そこに辿り着くまでに、我々が確保すれば良い。という事ですな?それだけ、信頼されているならば、警察冥利に尽きますな」 ふむふむと、表情の読めない顔で頷いたワイザーの隣で、ザングルスが、天井を指差す。 「俺は、屋上で待機させて貰う」 「申し訳ないが、屋上は、警備上の問題で、18時を過ぎると、出入り出来ない仕組みになっていてね。遠慮願いたい」 「だが、リッチの逃走パターンからしたら、屋上の警備は必要だ」 どこか傲慢な言い方のライアンに、ヒクリと一瞬顔を引き攣らせるザングルス。 それに、何の裏も無い。と言わんばかりの、困った笑みを浮かべ、ライアンが、更に述べる。 「夜間、屋上に出ると、電流が流れる仕組みがあってね。それを切る訳には、いかないもので。ご理解頂きたい」 「……ワイザー警部、俺は、地上で張っています。中の警護、頼みます」 「途中まで、ご一緒しましょう」 苦虫を噛み締めた様に表情を歪めたザングルスが、会長室を出ようとすると、ワイザーもその後を追う。 出て行く2人を見送り、ライアンは、深く椅子に座る。 管轄の刑事が来るのは、予想していた。 しかし、インターポールの人間まで、出てくるとは、彼は思っていなかった。 リッチを始末させるのに、とんだ邪魔者が来た。と、内心怒り狂っているが、それを表に出さない。 屋上が、逃走ルートの可能性があるのは、ライアンにも分かっている。 空と陸、どちらを選んでも、確保できる様に、手筈はしてある。 密かに口の端を持ち上げ、ライアンは、腰を上げた。 ワイザーと共に、地下の駐車場へ着いたザングルス。2人が目にしたのは、ボディーチェックを受けている警察達。 20台収容出来る駐車場は、警備会社の車とパトカーで、半数を埋め、空いているスペースで、それは行われていた。 「これだけか?」 「人が多いと、動き難いという、ライアン殿の注文でしてな」 50人程の警備会社の制服に、警察の人間は20人。 怪盗リッチを相手するには、少ない人数に、眉を寄せたザングルスの横で、ワイザーは肩を竦めた。 「盗んでくれ。て言っている様にしか、見えんな」 「金庫室のある17階だけを固める警備体制ですからな。これ位で十分だと、判断を下されたのでしょうな」 「ワイザー警部はどちらに?」 「それについて、謝らねばなりませんな。私は、警備体制が整い次第、外れる事になっていましてな」 読めない表情で、自らの顎を撫で、言ったワイザーに、ザングルスが驚愕の表情をみせる。 それに、ワイザーは苦笑を浮かべた。 「先に述べた通り、警備の主導権は、警備会社。当然、指揮を取る方も、あちらにおられる。警察側に指揮官がいては、指揮系統が乱れるという事で、私は、建物に残る事を、許されていないのですよ」 「あり得ない。警察を何だと……」 「まあ、中に居なくとも、出来る事はありますからな。一緒に、夜空でも楽しみましょう」 これ以上無いという程、苦々しい表情をしたザングルス。その肩を叩き、ワイザーは癖のある笑みを浮かべた。 それぞれ、乗ってきた車に乗り、地上へと向かう。 地上と地下を隔てる所で、一時停止、守衛室が、そこにはあり、駐車場が開いている間、警備員が常駐しているのだ。 いつもなら、すでにシャッターが下ろされる時間で、居ない筈なのだが、そこには、2人の警備員が居た。 リッチの侵入を警戒して、閉められたシャッターが、その警備員により開けられ、2台の車は、地上へと出る。 地上には、ビルを囲む様に、パトカーが止められていた。 規制されているのか、一般車両は見受けられず、物々しい雰囲気が、藍に染まったオフィス街を彩る。 その、物々しいパトカーの列の横を通り、ザングルスの乗る車は、少し離れた脇の道に止められた。 ビルの屋上を見上げるのに、丁度良い所だ。 車から出、近くの物陰に隠れたザングルス。 張り込みといえば、相手に気取られないのが基本だろう。と、どこかズレた思考回路の持ち主であった。 |
≪続く≫ |