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怪盗リッチシリーズ

【漆黒に躍り出る】−3−

ワイザーの車は、パトカーの列の傍に、止められた。
「ここの人間は、絶対頭悪いですよ」
若い警察官は、運転している間、ずっと黙っていたが、車を止めると同時に、ボソリと漏らした。
尊敬する警部を、まるで邪魔者を追い出す様な、そんな扱いをしたライアンが、許せずに、ずっと吐き出しそうな不満を、抑えていたのだが、とうとう我慢出来なくなってしまったのだ。
「あちらには、あちらの考えがあるのだろう」
それに苦笑で応え、ワイザーは、車から出、
「今夜は、騒がしくなりそうだな」
誰に言うでもなく、溢す。
都会の夜は、星の光が届かず、新月の今日は、オフィスビルからの光で、いつもより漆黒に見え、時が経つにつれ、より一層深くなっていく。
「警部、ライアン殿からお電話です」
「代わろう」
厳戒体制が引かれ、静かなオフィス街。
それを眺めていたワイザーは、横からの声に応え、携帯電話を受け取る。
『やはり、他の階にも、警備を置くべきだと考え直してね。これから、警備会社の増援が来る事になっている。車は8台だ。止めずに、通してくれ』
「分かりました。では、部下に伝えておきましょう」
『では失礼する』
電話の向こうの声に、ワイザーが応えると、短い言葉と共に、通話が途切れた。
「ふむ……」
「警部、どの様な用件でしたか?」
顎を撫で、細い目をさらに細めたワイザー。
電話を渡した警察官は、微動だにせず、横で指令を待つ。
「警備会社の車が、8台来るから、通してやってくれ」
「分かりました。検問の方にも伝えます」
ビルのある1区画は、警察により、規制されており、この区画に入る道路全てに、検問が張られてある。
他のオフィスにも、協力を要請し、残業などで残らない様にしてあるので、他のビルも、今は警備員か、必要に応じて残っている者だけ。という、非常に静かな状況だ。
その為、灯かりが少なく、パトカーの灯かりに、ビルが、不気味に浮き上がる。
45分後、並んだ8台のワンボックスカーが、ワイザーの前を通過し、問題のビルへと吸い込まれていく。
「ザングルス殿、いかがですか?」
パトカーと警察官達から離れ、ワイザーは、ザングルスの元を訪ねた。
「収穫なしです。所で、警備会社の車が通りましたが?」
「増援を頼んだ。と聞かされたので、通したのですよ」
「ふぅん」
「どうも、ザングルス殿は、ライアン殿を、信用されてない様ですな」
含みのある相槌に、ワイザーは苦笑を浮かべ、ザングルスの肩を叩き、その場を離れた。
ワイザーが、ザングルスの元に行っていた、その間に、一つの陰が、別のビルへと入って行った。
大事な物を、取りに来たのだ。と言って、検問を通ったその女性は、ここまで乗ってきたバイクを押し、敷地内の陰に止める。
ブルゾンを脱ぐと、パンツスーツに包まれた細い身体、足元は黒い皮の靴。ヘルメットの下からは、一つに纏められた髪を、後ろで纏めた、幼さを残した顔が現れる。
バイク用の手袋を、口で取り、同時に、座席シートを開ける。
中の物を取り出し、代わりに手袋とブルゾンを突っ込み、彼女は、荷物を手にした。
柔らかいA4サイズの縦型トートバッグは、僅かに膨らみを帯びており、迷わぬ足取りで、敷地を出、パトカーに囲まれたビルに近付く。
「どうしました?」
「忘れ物をしてしまったの。どうしても、入りたいのだけれど……何かあったんですか?さっきも検問があったし……」
呼び止めた警察官に、女性は不安そうな顔で、キョロキョロとする。
それに、警察官は申し訳ない様に、口を開く。
「実は、リッチから予告状が来ましてね。厳戒体制中なんですよ。なので、ビルには入れないのですよ」
検問では、野次馬を避ける為に、どういった理由で、中に入れないか、伝えられていなかった。
通した人間は、彼女がここの人間だと、思っていなかったのだろう、と判断した警察官に、彼女が困った顔を見せる。
「どうしよう……借り物のイヤリングなのよ。明日、返す約束してるのよね」
「分かりました。中と連絡して、聞いてみます。部署はどちらで?」
「……少し、待ってくれる?直接聞いてみるわ」
チラリと後方を確認した警察官に、少し考えてから、彼女はトートバックから、携帯を取り出した。
「もしもし?先程はお邪魔しました。ソフィアです。そちらに、イヤリング無いかしら?」
と言って、暫し無言で待つ。
対応した身としては、電話中の相手に話掛ける事も、上司に相談しに行く事も出来ず、直立不動で、待つしかない。
「そうですか、直接、探せないかしら?大事な物なの……有り難うございます。実は、もうビルの前に居て、隣に、警察の方がいらっしゃるの、入れてくれる様、伝えてくれないかしら?」
向こうからの声に、応えたのであろう彼女が、携帯電話を差し出し、警察官は、怪訝そうに、それを受け取る。
同時に、今回の被害者の声が、彼に届く。
『ライアンだ。その女性を、中に入れて差し上げろ。大事な客だ、無用な心配は要らん』
「はあ……しかし、彼女の安全を考えたら、それは軽率かと」
『中には、警備の者が幾らだって居る。その1人を、ボディーガードに付ければ、問題あるまい』
「分かりました。では、地下駐車場へ案内します」
議論を交わす気は無い。と、言外に感じ、警察官が、諦めた声で応えると、すぐにブツリと通話が切られた。
「先程も言った様に、リッチがいつ来ても、おかしくない状況です。警備の方を付けてくれる様だから、1人での行動は、謹んで頂けますか?」
「ご心配有り難うございます」
電話を渡されると同時に、警告を言われ、女性はその両方を、微笑みで受ける。
警察官に案内され、女性が、地下駐車場の入口にある、守衛室の前に辿り着くと、その横のシャッターが開けられ、そこから、1人の警備員が出て来た。
「会長がお待ちです。ご案内しますので、着いて来て下さい」
一礼した警備員に、彼女は小さく頷き、隣の警察官を見上げる。
「有り難う」
「いえ。お気を付けて」
警備員と共に、駐車場へと消えた彼女を見送り、警察官は、持ち場へと戻ろうとしたが、直ぐに方向を変えた。
上司に報告する為だ。
事後報告となってしまったが、相手が、会長のライアンと、直接話し、中へ入る事を認めさせてしまったので、どうしようもない。
駐車場で、互いの身体を調べている警備員の横を通り、彼女は、エレベーターへと。
「ビックリしたわ。急用が出来たんだと思っていたけど、まさか、リッチから予告状が届いたなんて」
「こちらも、寝耳に水ですよ。全く、義賊気取りは良いが、社員一同の、大事な財産とも言える、商売道具を盗むなぞ、許し難い輩だ」
会長室に、無事に案内され、口を開いた彼女。
出迎えたのは、先に会った頃と違い、少し乱れた頭髪と、スーツを脱ぎ、Yシャツにスラックスという格好のライアンであった。
案内した警備員は、会長室には入らず、外で待機中だ。
「随分、お疲れですね」
「何、社員を思えば、当然の事。これしきの事、苦労とは思いませんよ。そうそう、イヤリングでしたな?暫くの時間、お探して下さって結構ですよ」
気遣う様に言った彼女に、首を横に振り、人当たりの良い笑みを浮かべるライアン。
その笑みに、内心鳥肌を立てるが、彼女はふわりと微笑む。
「すぐ終わらせますわ」
会長室には、プライベート用の部屋がある。
8畳のワンフロアーで、簡単な給湯設備と、トイレ・ユニットバス付き。
そこが、先刻前に、彼女が通された部屋だ。
「自由に探して下さい。この時間、電車もバスもない。落ち着いたら、お送りしますよ」
紳士的な笑み、むやみに触らない態度だが、その内に隠されている下心に、彼女は内心、激しい嫌悪を、抑えるのに苦労しているのであった。
≪続く≫