【桜舞う】3 −彼女− |
ゼロスの、記憶の中にあるリナは、父親の横で、姉の影に隠れている幼女。 それから、ずっと会う機会が無かった彼女が、どんな人間に育ったのか。と思っていた所、何とも面白く育っていた。 そんな一連の動作に、ゼロスは瞬きを数度行い、微笑みを作る。 「リナさん、何故こんな所に?」 ガウリイに第二撃目を与えるべく、更に大きな石を抱えようとしていたリナが、ゼロスのその問いに、石から手を離す。 それは、ガウリイが不思議に思っている事で、笑いを治め、ガウリイはリナを見た。 そこには、不機嫌を隠そうともしていない彼女。 「あたしを探して、ここまで来ておいて、良く言うわ」 「質問を変えましょう。どなたからお聞きになられましたか?」 彼女の態度に、気を悪くする事もなく、ゼロスは、笑顔で首を傾げた。 ギスギスとしていた彼女の空気。それが、彼女自身の溜め息によって薄まるが、嫌な物を見る様な表情は、変わらない。 「姉様よ」 「おやまあ。あの方も、困ったものですねぇ」 「なあ、何の話なんだ?」 険しい表情のリナと、いつもの笑顔のゼロス。事情が分かっている二人と、何も知らないガウリイ。 話の意味が分かる筈もないガウリイのその疑問に、リナは、ゼロスに睨みを返す。 「さすがゼロス。と言った所かしら。痴漢が仲間だなんて」 会ってから、そんなに時間は経っていないが、ずっとゼロスに対し、良い表情をしていない彼女。 ゼロスを良く思っていない。と想像するのは簡単で、ガウリイはしみじみと口を開く。 「嫌われてるんだな、ゼロス」 「その様ですね」 「何したんだ?」 「彼女と会うのは、これが二回目。前回は、お姉様越しにご挨拶しただけ。その様な記憶は、ありませんよ」 ガウリイの問いに、困った様に微笑むゼロス。 それを、リナが鼻で笑う。 「はん。そもそも、あんたを、信用している連中の方が、オカシイと思うけど?」 「だよな。こいつを信用してる奴、絶対どこかオカシイよな」 「別に、信用して頂かなくても、結構ですがね。面と向かって言う、貴殿方の神経の図太さには、驚きを隠せませんよ」 つい同意し、頷いたガウリイの隣で、ゼロスは、呆れた声で言ったが、いつもの笑顔は崩れない。 見事、話題を反らす事に成功し、リナはニコリと微笑み、鞄を手にし、踵を返そうとした。 「とにかく、あたし、もう行くから」 「それは、困ります」 が、一瞬で距離を縮めたゼロスに、腕を掴まれ、それが失敗していた事を、物語る。 掴まれた腕を、リナは忌々しく見。 「何で、止めるの?あたしが消えても、問題ないって知っている癖に」 「でしょうね。ですが、ラーダさんに、貴女の捜索を頼まれた身です。見付けた以上は、連れて帰らない訳に、いかないでしょう?」 「ふん。見付からなかった。で良いでしょう?どうせ、国内しか探すつもり、なかったんでしょうから」 ほぼ初対面に近い。というのに、リナの言っている事は、間違いではなかった。 ガウリイが粘らなければ、国境付近のあの場所で、ゼロスは、ラーダ邸に引き返していたのだ。 「良くお分かりで。それならば、ご理解頂けますよね?こうして、出会ってしまった以上は、見過ごす訳にはいかない。と」 彼女の洞察力の鋭さに、ゼロスは、内心面白がりながら、表面上は困った様に眉を下げた。 緊迫した空気のゼロスとリナの間に、ガウリイが割って入り、 「ちょっと待てよ。帰りたくない。て言ってるのを、無理に帰すのか?連れ戻しても、またすぐ家出したら、結局同じじゃないか。なあ、お嬢ちゃん、何で帰りたくないんだ?」 極力優しい微笑みを浮かべ、リナを見る。 その笑顔を、ジトリと見上げる紅茶色の瞳。 「その見てくれと笑顔で、何人騙したのやら……」 「オレが信じられない。てのは別に構わん。けどな、家出の理由くらい聞かせてくれ。嬢ちゃんみたいな子が、家出で国を出るくらいだ、相当な理由なんだろ?」 「理由は簡単。あたしが必要なくなったからよ」 パシッとゼロスの手を叩き、リナは事も無げに言った。 ゼロスの手が離れたのは、叩かれたのが理由ではなく、展開を楽しんでいるからだ。リナの家出の理由を知ったガウリイが、どんな反応を示すのか?と。 ギリと、歯軋りの音が、自身の耳に届き、無意識に力の入った拳を、ガウリイは開く。 「必要なくなったなんて、そんな事言うな。嬢ちゃんを大切に思っている人達が聞いたら、悲しむだろうが」 「あんた、父様に会った?心配なんかしていなかったでしょ?」 冷静な彼女の声に、ガウリイの喉が、一瞬詰まる。 それを見、リナは肩を竦め、語り出す。 「あたしはね、姉様の保険だったの」 「保険?」 「産まれつき身体が弱かった姉様は、入退院を繰り返していた。ラーダの血筋を、何が何でも残すには、もう一人子供が欲しい所」 「………」 「でも、姉様を産んですぐ、身体を壊した母様は、子供が産めない身体になってしまった」 「え?……」 痛みを堪える様な表情で、話を聞いていたガウリイが、一層眉を寄せる。 それに、苦笑で返すリナ。 「ここに眠っているのが、あたしの本当の母親。と言っても、全くそんな記憶ないわ」 「じゃあ、顔は?」 「知らない。名前だって知らなかった。あたしを産んで直ぐに、亡くなったの」 やっと絞り出した問いに、返ってきた言葉に、ガウリイは悟った。 ここに案内する。と言った、ゼロスの不可解な言葉の意味を。 ‐彼女が知らない筈の心当たり‐ 彼女が語った内容は、恐らく絶対の秘密として、誰も語らなかった筈だ。世間体第一のあのラーダが、それを口外させる訳がない。 だが、彼女はそれを知った。それならば、何故、自分は必要無いと考えるのか? 何故、ラーダは、あんな態度だったのか? 「あたしは、父様の遠縁の子供、て事になってるのよ。事故で両親を亡くした赤ん坊を、引き取って我が子同然に育てているて、聞かされていた」 どう質問するべきか、と迷っていると、彼女は再び、静かに語り出した。 「思ってもみなかったでしょうね。必死に隠してきた事実を、姉様が悪意なく言ってしまうなんて」 「お姉さんが?」 「成長して、手術に耐えられるまでになった姉様が、手術を受けたの。で、無事成功して、家に戻った姉様が、こっそり教えて下さったわ。そして、綺麗な笑顔で、これからは自由に生きて。て」 そこまで言って、リナは徐に、パン!と勢い良く両手を合わせ、明るい声を発する。 「で、ずっと堅苦しい世界で、つまらなかったあたしは、広い世界を見たくて、国を出ようと思った。これで、納得した?」 腰に手を置き、不遜な笑顔を浮かべたリナを、複雑な思いで見、ガウリイは頭(かぶり)を振る。 「理由は理解った。けどな、家出は、もう少し後でも良いと思う」 「何で?」 「分かった!お前さん、友達居ないんだろ?」 首を傾げたリナの肩を、ポンと掴み、ガウリイは笑みを作る。 「はあ?」 「普通、家出って友達の家に行くもんだろ?それに、幾ら複雑な生い立ちを知ったからって、友達と会えなくなる。て思ったら、国から出るなんてしないもんな」 「ちょっと?」 うんうんと頷く神妙な顔付きのガウリイに、リナの眉がピクピク震え、反論の為に口を開く。 「友達居るけど?」 「大丈夫。オレがお嬢ちゃんの友達になるから」 「あのね、人の話聞いてる?」 「とにかく、学校卒業してからでも、家出は遅くないさ。それまで、友達だからな」 コメカミを揉んでいたリナの右手を取り、勝手に握手をしたガウリイの笑顔は、清々しいまでに晴れやか。 話が通じる相手では無い。と悟ったリナは、投げやりな気分で、降参する。 「あ〜、もう分かった。寮に帰るから、手離して」 ガウリイが暴走しだしてから、笑うのを堪えていたゼロスが、彼女の視界の隅で、腹を抱え踞った。 |
≪続く≫ |