【桜舞う】

5 −友達−

3日後、ガウリイは夜勤明けに、中央区へと向かっていた。
学校のない曜日なので、リナの所に行こうと思ったのだ。
寮は、学園から少し歩いた所にあり、身の回りの世話をするコンシェルジュ付きの、立派な建物だ。
良家の子女達が集まる所なので、用心棒がいそうだが、学園のある中央区自体が、警護体制が整っていて、学園付近は、重点区域として、指定されているので、用心棒はいない。
「よ!来たぞ」
「……本当に来たんだ」
コンシェルジュに頼み、呼んで貰ったリナの姿を見、ガウリイが歯を見せて笑うと、相手はげんなりとした表情をした。
休みの日の、お昼前だが、彼女は、紺色のシャツに、ベストとパンツ姿で、足元は乗馬用のブーツ。
その姿に、ガウリイは首を傾げる。
「出掛ける所だったのか?」
「友達と、乗馬をする予定なんだけど?」
「そっか。一緒して良いか?この間、約束しただろ?友達に会わせてくれる。て」
「小学生か、あんたは」
疲れた表情で、額に手をやり、リナは、ガクリと、頭を下げた。
「駄目か?」
「判ったわよ……どうせ、折れないだろうし、反論しても無駄だしね」
「そっか、有り難うな」
諦めた声に、グリグリと、ガウリイは、彼女の頭を撫でる。
当然、抗議の声が上がるが、
「ちょっと!止めてよ!」
「……なあ、あの後、親父さん、来たか?」
グリグリ撫でながら、ガウリイは、気遣う様な声色を発した。
リナを、ここに送り届けた後、その事を報告しに行ったラーダ邸。
そこで待っていたのは、関心の薄い「そうか」という言葉と、ゼロスへの礼。そして、「お恥ずかしい話、あれには、ほとほと困らされていてね」という愚痴であった。
続きそうなそれに、ガウリイは、急いで退室の意を伝え、ゼロスを置いて、邸宅から出た。
ずっと抱えていたのは、嫌な気持ちと、彼女への保護意欲。
「馬鹿ね、あたしが入学してから、行事以外で、来た事なんか、ないわ」
悟った声色に、ガウリイは、小さな頭を、乱暴に撫でる。
「ち、ちょっと!!」
「そうやって、大人を諦めないでくれ。オレが、居るから」
再度上がった抗議の声に、ガウリイは、小さな頭を抱え、自分の胸に押し付け、真剣な声色で言った。
「て?!どさくさに、何すんのよ!この痴漢!!」
一瞬呆気に取られていたが、正気を取り戻したリナが、その腕の中で暴れ、
「白昼堂々と、痴漢だなんて、度胸あるわ」
と、新たな気配と共に、横から声が掛かる。
〈痴漢〉という単語に、慌ててリナを離すガウリイ。
と、同時に、リナが伸び上がりざまに、ガッ!と、顎を殴る。
「アメリア!!のんびりしてないで、助けてよね!!」
いきなりな衝撃に、顎を押さえ、蹲るガウリイ。
拳を振り上げたリナは、その勢いのまま、身体を捻り、新たな気配に、ビシィ!と指差した。
そこには、艶やかな黒い髪を、肩で切り揃え、淡い空色のシャツに、リナと同じベストとズボンとブーツ、瞬きを繰り返す瞳は、深い青の、可愛いらしい少女の姿。
アメリアと呼ばれた、その少女は、悪意のない笑みを、リナに返す。
「だってねぇ?愛の告白を、邪魔するのは、邪推だと、思うの」
「あ、愛〜??!!気持ち悪い冗談言わないで!!痴漢よ、痴漢!立派な犯罪者じゃない!」
「だ〜って。さっきの、彼の言葉、オレが居るから。て、どう考えても、愛の告白じゃない。受け手である、貴女は、痴漢だ。て感じたんでしょうけど」
うぎゃ〜!と髪を掻き毟ったリナと、対照的に、落ち着き払ったアメリア。
それを、痛みが引いたガウリイが、交互に見、
「友達か?」
と、首を傾げる。
「痴漢から助けてくれなかったのに、友達?冗談止めて」
「酷いわリナ!!わたし達、離れても友達だって、誓った仲じゃない!」
はん!と鼻で笑ったリナに、アメリアが顔に手を当て、うぅと、肩を震わせる。
それに、
「友達を、泣かせたら駄目だろ?ちゃんと謝れ」
むくり、と立ち上がり、ガウリイが、リナの肩を叩き、
「嘘泣きよ。小学生じゃあるまいし、騙されないで」
と、リナが冷ややかな反応を見せる。
「まあ、冗談はさておき、この人が、痴漢で、天然で、お節介な、しつこい自称保護者さん?」
「ええ」
肩を震わせていたのが、嘘の様に、顔を上げたアメリアの目は、期待に輝き。
速攻、嫌そうに頷くリナ。
その、あまりな内容と、女の子特有の、変わり身の速さに、ガウリイはついていけず、ポカンと口を開く。
寮の前で、痴漢だなんだ。と騒げば、当然、近所や、寮に居る者達が、注目し、それに気付き、場所を変える事を、リナが提案し、アメリアとガウリイは、頷いたのであった。

場所を馬場へと移し、リナとアメリアに、向かい合う形で、ガウリイが立つ。
「自己紹介が、まだだったな。ガウリイ・ガブリエフ。衛兵だ」
「それはどうも。わたしは、アメリア・ウィル・テスラ・セイルーンです」
差し出された右手を、握り返し、微笑むアメリア。
「……嬢ちゃん???」
握られたまま、離されない手に、ガウリイが、首を傾げ、
「貴方の、お陰なんですね?」
「へ?あ、あぁ……?」
にこにこ笑顔で、まだ手を離さないアメリアの言葉に、リナを連れ戻した事の、お礼を言われたのか、と、ガウリイは、小さく頷く。
途端、アメリアの目から、笑みが消え、笑みの残った口が、ゆっくりと開く。
「貴方のお陰で、わたしは、賭けに負けたの。どうしてくれます?」
「え………?」
ギリギリと、握手に込められた力と、言葉に、ガウリイは困った顔で、リナを見る。
その視線を受け、彼女が、肩を竦める。
「あたしが、帰って来るか、賭けてたのよ。で、一人勝ちを狙ってたアメリアが、負けちゃった。て訳」
「そういう事。リナの決意の固さ、知ってたから、帰って来ない。て思っていたのよ。酷い話よね?」
「えっと……それは、すまん。けどな、賭け事は良くないぞ?お金は大事なんだからな」
いまだ、ギリギリと締め付けてくる握手と、不気味な笑みに、ガウリイは、左手で鼻を掻き、謝ってから、諭す様に言った。
それに、目をパチクリとさせるアメリア。
「お金なんて、賭けませんよ?明日出る、寮のおやつが、賭けの賞品ですよ?」
「おやつ……じゃあ、代わりに、ケーキ奢る。それで駄目か?」
苦笑で、提案したガウリイに、アメリアの目が、ランランと輝き、
「なんて、良い人なの!!」
と、感動の言葉と共に、握手に左手を添え、ブンブンと振る。
「買収されてるし……」
はぁ、と諦めの溜め息を吐き、リナは、天を仰ぎ見、空の青さに、やさぐれたい気分に陥る。
「じゃあ、聞いて良いか?本当に、友達が、帰って来なくて、良かったのか?」
握手が終わり、手を解放されると、ガウリイは、真剣な表情で、アメリアを見た。
それに、アメリアは、大きく頷く。
「当然です。リナの、夢だったもの。その為に、お金を貯めていたの、知ってますから」
その言葉に、リナが擽ったそうに微笑み、
ガウリイは、眉を下げる。
「会えなくなっても、平気なのか?」
「平気じゃないですよ。だからって、反対したとしたら、わたしが、わたしを許せなくなります。それに、離れた位で、わたし達の関係は、変わらないですから」
「そっか……」
アメリアの、真っ直ぐな瞳に、ガウリイは、安堵の表情をみせた。
その視線に、彼女を本当に、思っている事を、感じれたからだ。
その笑みを見、リナが口を開く。
「ねぇ、安心したなら、帰ってくれる?」
「駄目よ。ケーキの約束、さっきしたもの」
安心すれば、帰ってくれるだろうと、思っていたリナの言葉は、隣に立つアメリアが、否定した。
「そうだぞ。それに、こんな良い友達が居るんだ、卒業まで、家出はするんじゃないぞ?」
「あんたに、そんな事を言う権利、ないわ」
コクコク頷いたガウリイを、ジト目で見、リナが冷たく言うが、
「リナ、せっかく気にしてくれているのに、そんな言い方、駄目よ」
「友達思いの、アメリアちゃんと、一杯思い出作って欲しいだけだぞ?」
横から、前からと、責める口調で言われ、意気投合した2人に、頭痛を感じてしまうのであった。
≪続く≫