【桜舞う】

6 −友情−

「へぇ、小学校からの仲なのか」
「ええ。衝撃的だったわ。リナの、上段蹴り」
感嘆の溜め息を吐いたガウリイに、ウットリした表情を、アメリアは見せる。
意気投合した2人は、いつの間にか、語り合い出していた。
話の中心人物は、といえば、ガウリイの意識が、自分から反れた事に安堵し、ケーキをパクついて、幸せそうに微笑んでいた。

勝手に決まった、ガウリイが、ケーキを奢る。という話。
なら、とっとと、それを果たせば、帰って貰えるだろうと、目論んだリナ。
それを感じさせない笑みで、「今直ぐ、ケーキを食べに行かない?」と提案し、アメリアとガウリイが、揃って頷き、こうなった訳である。

話題は、リナとアメリアの話。
いつからの仲なのか?という、ガウリイの問いに、小学生の頃、リナと体育の選択科目の、武術で一緒になったのが、縁だ。と答え、冒頭の会話に。
「へぇ、でもよ、お前さん達の学校て、資産家ばっかだろ?よく、選択科目に、武術なんてあるな」
「護身用に、ある程度覚えた方が良い。て思っている所と、武官の家系の所は、体術を身に付けさせたい。て思っている所、多いもの」
ガウリイの素朴な疑問に、目をパチクリとさせてからそう言い、アメリアは苦笑を浮かべ、
「家の人に言われてもないのに、武術を選択した、わたしとリナていう例外も居るけど」
と、付け足した。
その言葉に、ガウリイが、首を傾げる。
「何で、選んだんだ?」
「わたしは、趣味。で、リナは、旅に出る為に、鍛えていたのよ」
ね?と、アメリアに笑顔で振られ、リナは顔を顰める。
すっかり打ち解け、ガウリイに対して、敬語を使わなくなったアメリア。
そのまま、2人で仲良く語ってくれたら良いのに、会話に加えられ、不満を感じたのだ。
「まあね」
「お前さん、そんな時から、家出を考えていたのか?」
不満一杯な声に、ガウリイが悲しそうに表情を変える。
そちらを、見ようとせず、ケーキを口に含んでから、渋々と口を開くリナ。
「家出じゃなくて、旅をしたかったのよ。あたしは、ずっと広い世界に、興味があったの」
「小学校に上がる前から、考えていたらしいのよ」
「何で、そんな小さい頃から……」
アメリアの補足に、ガウリイは、続ける言葉を失った。
先日の、リナとラーダの様子から、あまり関係が良く無いのは、分かっていた。
だが、家を出る事を、幼い内から真剣に考える程だったのか。と思うと、居た堪れなくなったのだ。
「勝手に落ち込まないでよね。単に、狭い世界が嫌だっただけよ」
ガウリイの様子に、居心地の悪さを感じ、リナは不機嫌を装った。
長年の仲であるアメリアには、それが照れ隠しであると、分かっているので、内心苦笑する。
リナは、心配されるのを、苦手としていて、照れてしまうのだ。
「ガウリイさん、乗馬出来る?」
その空気を変える為、アメリアは話題を変えた。
ケーキを食べたら、帰らせるつもりだったリナは、それに慌てる。
「アメリア?!」
「良いじゃない。1人より、2人。2人より、3人。遊ぶ人数は、多い方が、楽しいでしょ?」
「誘ってくれるのか?やった事は無いが、運動神経だけは、自信があるんだ。加えさせてくれ」
ウィンクを決めたアメリアと、嬉しそうに微笑んだガウリイに、リナは、激しく舌打ちをするのであった。
長年の経験で、こうなったアメリアは、誰も止められないし。
先日の一件で、ガウリイの、妙な押しの強さを、嫌という程、分かってしまったので、どう反論しても、無駄だと、悟ってしまったからだ。

ケーキ屋を出た3人。
前を歩くのは、楽しそうなアメリア。
その後ろに、のほほんとした表情のガウリイ。
その後ろ、かなり距離を取って歩くのは、不承不承といった表情のリナ。
かなり温度差のある3人である。
「おっちゃん!!」
不意に、リナが走り、2人を追い越した。
その先に居る人物を認め、アメリアは納得し。
ガウリイは、呆気に取られる。

「おー、ボウズ、引き戻されたか」
駆け寄られ、腕に抱きつかれた人物は、言って意地悪く微笑んだ。
年の頃なら、30代といった所か。
短い銀髪を撫で付け、鋭い目と、ガウリイと同じ位の背丈は、年頃の女の子は、近寄らないであろう風体の男だ。
「そうなのよ。お節介な奴に、捕まってさ」
「まあ、その時じゃなかった。て事なんだろ」
腕に抱きついたままの、拗ねたリナの言葉に、その頭をコツンと殴り、男は、腕からリナを剥がした。
そこに、アメリアが声を掛ける。
「デュクリスさん。こんにちは」
「やっぱり、嬢ちゃんも居たのか」
厳つい男と、2人の女の子という、珍しい光景。
だが、ガウリイが驚いたのは、それではなく。
男の恰好であった。
白い詰め襟だったのだ。
それは、ガウリイが着ている制服の、色違い。
中央区を守る近衛兵団の制服なのである。
「なあ、後ろで、ぼけっとしているのは、連れか?」
呆気に取られているガウリイに気付き、デュクリスが、アメリアの後方を差す。
それに、アメリアは頷く。
「ええ。ガウリイさんて言うの。衛兵だそうよ」
「馬鹿、関係ない奴だ。て言いなさいよ」
途端、リナがツッコむが、それはデュクリスに、無視される。
「見た事ない顔だが……おい、若いの、どこの所属だ?」
話を振られ、ガウリイは、止まっていた足を動かし、アメリアの隣に立つ。
「西区の、3番隊です」
「ん?とすると、あれか、あの、変な奴が居る所か。だが、外の区域の奴が、何だって、お嬢達と一緒なんだ?」
「何でもないの!おっちゃん、仕事中でしょ?油売ってないで、戻ったらどう?」
下手な事を言われる前に、リナは先手を打った。
それに、呆れた様に、デュクリスが笑い、
「あのなぁ。その仕事中に、声を掛けたのは、ボウズだろうが……。ま、今度聞かせてくれ」
パンと、リナの背中を叩き、その場を離れた。
その姿を皆で、見送ってから、リナが口を開く。
「彼が、年の離れた友人よ。これで、満足でしょ?」
「あんなおっさんと、どう知り合って、友達になったのか、さっぱり何だが……しかも、ボウズて呼ばれているし」
混乱していたガウリイは、リナの声で、我に返って、言葉を発したが、まだ、混乱が残っている。
「それにはね、面白い話があるの。ここじゃ、落ち着かないし、馬場に行きましょ」
楽しそうに言ったアメリアに、リナが肩を竦め、ガウリイは、訳が分からないまま、頷いた。

「まず、デュクリスさんと出会うきっかけにはね、わたしも関わっているの」
馬場に着き、アメリアはすぐに、口を開いた。
「邪教集団が居る。て聞いたわたしは、熱い正義の心に従って、潰す事にしたの」
「へっ??!!」
黙って聞こうと思っていたが、とんでも無い発言に、ガウリイの目と口が、大きく開く。
その反応は、予想通りであったので、リナは平坦な表情で、口を開く。
「それを聞かされて、放って置けなかったから、あたしは、付いて行く事にしたの。それで、2人で変装して行ったのよ」
「で、そこで侵入捜査中のデュクリスさんと、出会った訳」
言葉を引き継いだアメリアは、急に面白がる様に笑う。
「わたしも、リナも、質素なシャツとズボン、髪を帽子で隠してたのよ。で、喉の調子が悪かったリナを、デュクリスさんが、男の子と勘違いしちゃって」
「誤解解くのも面倒だし、あれこれ詮索されると不味いし、おっちゃんに帰れ、て言われたから、大人しく帰った。これが、出会いよ」
「体調悪いのに、無理するなよ……」
何事も無かったと分かり、安堵の溜め息を吐くガウリイ。
それに、リナは、肩を竦める。
「医者には、喉以外異常なして言われてたのよ。で、暫くして、街で偶然会っちゃって、つい、あの後どうなったか、聞いたの。あたしも、おっちゃんも、改めて呼称を変えるのも、何か変な感じしてさ、それで、ずっと、ボウズて呼ばれてるのよ」
「もう、親戚のオジサンと、それにジャレる男の子、て感じで、見てて微笑ましいたら無いのよ?」
「ああ、そんな感じだったな」
可笑しそうに笑ったアメリアに、ガウリイは賛同した。
リナの表情が、屈託が無かった事に、チクリと痛んだ胸を、ガウリイは、徹夜明けだから。と解釈した。

結局、話だけで、時間は過ぎ、リナ達の自由時間終了となる。
「残念。時間だわ」
心にも無い事を、リナは笑顔で言うが、
「ガウリイさん、いつでも遊びに来てね!!」
「おう。有り難うな」
アメリアとガウリイの間に、友情が芽生え、結局、ガウリイを遠ざける事は、出来なかったのである。

≪続く≫