【桜舞う】

7 −姉妹−

王宮のある中央区。
城を中心とした中央区の、その中心地は、政治的な建物が占めている。
その地域に隣接する地域が、ラーダ邸の敷地のある一角だ。
そこに、黒いシャツにズボンという恰好で、ゼロスは訪れていた。
「お元気そうですね」
「わざわざ、お見舞い頂き、恐縮致しますわ」
ゼロスの笑みに、微笑みで返したのは、艶やかな長い黒髪の、清楚な女性で、その面差しは、ラーダに良く似ていて、年齢は21歳。
それもその筈で、彼女は、ラーダ家の長女=シルフィール・ネルス・ラーダ、つまり、リナの腹違いの姉である。
その彼女の退院を祝い、ゼロスは手土産を持ち、ラーダ邸を訪れたのだ。
「それから、お父様とお母様から、お構い出来ず申し訳ありません。と言付けが、ございますの」
「ご両親の不在時に、失礼したのは、僕の我が侭ですから、お気遣いなく。とお伝え下さい」
淑やかに微笑むシルフィールと、いつもの笑顔のゼロス。
風景だけは、和やかなもの。
が、ゼロスの腹の内は、和やかとは程遠い。
両親の不在を狙って、わざわざ今日という日を、選んだのだ。
手土産であるお茶菓子と、快気祝いの日傘の話題を、一通り終え、さて、どう切り出したものか?と、内心首を傾げるゼロス。
その機会は、向こうから訪れた。
「ところで、お伺いして宜しいですか?何故、リナさんを、連れ戻してしまわれたのです?」
浮かべられた表情は、悲しげで、口調は少し責めるものが含まれている。
それに、困った笑みを作るゼロス。
「お父上に頼まれ、発見してしまった以上、見過ごす事は出来ませんから」
「それはそうでしょうが……」
更に表情が曇り、ゼロスは気遣う様な表情へと変えた。
「リナさんを、それほど心配なさっているのですね」
「当たり前ですわ。わたくしが病弱であったばかりに、リナさんには、寂しい思いを、させてしまいましたもの」
「なるほど、それで、ラーダ家に縛られる事はない。という趣旨で、リナさんの出生の秘密を、お教えになったのですね」
病弱な美しき令嬢を、絵に描いたかの様なシルフィールが、辛そうな表情を浮かべた。
普通の男なら、守護欲を感じるのだろうが、一緒に居るのは、ゼロスだけ。
そのゼロスは、そんな表情に、魅力を感じる訳もなく、納得顔で頷いてみせた。
ただ、シルフィールは、彼をどうこうするつもりもなく、本心から、辛そうな表情を浮かべただけなので、頷き返す。
「ええ。わたくしは、大事過ぎる程、大事に育てられましたもの。ラーダ家を継ぐ義務は、わたくしにございますから」
「それを、どなたに、お聞きしたのですか?」
気遣う表情から不思議そうなものに変え、ゼロスは相手を見据える。
それを受け、首を傾げるシルフィール。
「お母様ですわ。何故ですの?」
「いえ、あらぬ噂を、間違って聞かれたのか。と心配していたのですが。そうですか、奥方様が。どう、思われました?」
「衝撃を受けましたわ。リナさんは、遠縁の子だと聞かされていましたから。ですが、同時に嬉しかったです。偽物ではなく、本物の姉妹になれると」
よほど嬉しいのか、シルフィールの表情は、花の様な笑みに変わった。
だが、おそらく、それを伝えた母親の心境は、異なるものであろう。
血を守る為とはいえ、他の女の娘が、継承者候補であるのが許せず、自分の娘に、それを伝えたのは、簡単に想像出来るゼロス。
シルフィールの母親は、血を辿れば皇族と繋がる、由緒正しき家柄の箱入り娘で、プライドがとんでもなく高いからだ。
そして、それを娘に見せないプライドも合わせ持っており、汚い部分を巧妙に綺麗にみせる言葉で、目の前の幸せな娘に聞かせたと思われる。
そして、覆い隠された悪意を、彼女は悪意なく、伝えてしまった。
そういった、無意識な言動で、可愛い妹を、追い込んでいるとは、夢にも思っていないのであろう。
と、内心嘲笑いながら、ゼロスはにこやかに笑う。
「リナさんを、そこまで思われていらっしゃるのですね」
「当然ですわ。彼女は、今も昔も、わたくしの妹ですもの」
「お優しいのですね。だからこそ、リナさんの母親の居場所を、探してさしあげたのですか?」
変わらぬ笑みの奥で、鋭い光を放つ瞳。
それに、シルフィールは気付く事なく、首を傾げる。
「どういう事ですの?」
「ああ、そう言えば、報告していなかったですね。リナさんは、実のお母上の所にいらしたのですよ」
純粋培養された様子は、リナと対照的で、その格差に、ゼロスは内心苦笑し、白々しく、手を打った。
本当の所は、見付けて寮に連れて行った。の言葉だけで、ラーダが納得し、それ以上掘り下げてこなかったのだが……。
その言葉に、シルフィールが喜色をみせる。
「まあ!そうなんですの?一度お会いして、お礼を言いたいですわ。素敵な妹を下さった、その方に」
うっとりした表情の彼女。
そして、全て。とは言わないが、聞けるだけの事を聞き出し、満足した男。
その男が、眉を下げる。
「それは、叶わないのですよ。その方は、リナさんの将来を思い、既に遠い所へ旅立たれてしまいましたから」
「まあ。それは残念ですわ」
「その方の意思を尊重なさって下さいますか?」
「つまり、居場所を調べたり、連絡を取ったりしては、駄目という事ですの?」
「ええ。お分かり頂けますか?」
「分かりましたわ」
シルフィールの了解を得ると、ゼロスは退席の意を伝え、屋敷を後にした。
ゼロスの来訪の意図は、シルフィールが、リナの出生の秘密を、誰から聞き、どこまで知っているのか。を確認する為であった。
大事に育てられている彼女は、綺麗な所だけしか、見せられる事はない筈で、あの秘密は、ラーダ家の汚い部分。
当然、語られる事がない筈なのだが。
どうやら、手術が成功した事で、母親が、リナを目障りに思ったのであろう。
「本当、退屈させてくれませんねぇ」
外から屋敷の塀を見上げ、ゼロスは呟いた。
その表情は、相も変わらず、にこやかな笑み。
権力には興味がないゼロスが、ラーダと関わり続けているのは、裏で渦巻く汚い物を、綺麗に装おうと、藻がき奔走する様が、滑稽で面白いからだ。
そして、それを知らずに、綺麗に綺麗にと育てられたシルフィールが、いつ綺麗な物の陰を見るのか。を楽しみにしている。
どう思われるのでしょうかね?と内心楽しげに微笑むゼロス。
シルフィールが、会いたいと言った、リナの母親は、既に冷たい土の中である事を、伝えなかったのは、親切心からではなく、傍観者を貫く為。
わざと、調べない様に苦言したのは、楽しみを伸ばす為。
そして、さりげなく、しかし確実に、白日の下に晒される様に、こっそり導くのを楽しむのだ。
色々と楽しみが増えた事に、満足を覚えたが、一つだけ残った謎。
リナの母親の死去を知るのは、両親と数少ない人数で、墓地を知るのは、それこそ限られた人数のみ。
シルフィールの母親は、墓地の場所を知らないし、汚い部分を見せたくない為に、死去した事も、伝えていなかったらしい。
となると、リナの母親の行く末を、誰が調べたのか?
脳裏に浮かんだ、リナの顔に、ゼロスは喜びを感じた。
新たな観察対象が増えた事に。

≪続く≫