【桜舞う】

9 −依頼−

昼間と錯覚しそうな程、明るい夕方時。
賑やかな人の波を縫い、ガウリイは中央区へと向かっていた。
夜勤後、一度家に帰り、身体を洗って、疲れた身体を休める為に、身体を横にして目を瞑ったものの、リナの事が気になってしまい、中央区へと出向く事にしたのだ。

空が漸く暗くなってきた頃、ガウリイは人を待っていた。
場所は、中央区の東警備署の喫茶室。
何度か、人の気配で振り返っていたが、待ち人ではなく、外の衛兵が来た事への興味を示した、近衛兵団の面々ばかりであった。
そして……
「待たせた様だな」
低い声に、漸く訪れた待ち人が来た事を悟り、ガウリイは椅子から立ち上がり、振り返った。
そこには、いつか出会った厳つい顔の男性がいた。白い詰め襟姿の銀髪。名はデュクリスで、中央区を守る近衛兵団警備班の一員である。
以前、リナが親しげに話しをしていた、彼女の友達。らしい。
彼により、さりげなく人払いをされた喫茶室の中、二人は向かい合って座った。
「いえ。急に来て済みません」
外の衛兵であるガウリイと、近衛兵団の彼とでは、地位の格差は歴然で、普段使わない敬語を使うガウリイ。
それを襟元を緩めながら聞き、デュクリスは一つ息を吐き、口を開く。
「今日は休みか?」
「夜勤明けです」
「疲れてるだろうに、何の用なんだ?」
「相談したい事が……」
「わざわざ待ってる程だ、俺じゃなきゃ出来ないて事か……」
ガウリイとデュクリスの共通点は、リナとアメリアのみ。
ガウリイが、気にかけている人物を知っているデュクリスは、深刻そうな顔をじっと見る。
「ぼうず……いや、リナ嬢ちゃんの事か」
「はい。どうしたら良いのか、分からなくなってしまって……」
「何だ、惚れられたのか」
「はぁ?!」
疑問系ではない口調に、ガウリイは、目と口を大きく開けた。
その反応に、デュクリスはつまらなそうに言う。
「違うのか。なら、惚れたか」
瞬間、ゴツンという鈍い音が響く。
「痛そうな音だな。大丈夫か?」
テーブルに頭を打ちつけたガウリイに、デュクリスは身を乗り出し、彼の顔を、横から覗き込んだ。
そこに、
「……何の冗談ですか」
突っ伏したままのガウリイが、くぐもった声を発する。
予想外だったのか、椅子に再び腰を落としたデュクリスが、意外そうに口を開く。
「本気だったんだが、違ったのか。じゃあ、どんな相談なんだ?」
「本気て、幾つ離れていると思ってるんですか。……実は、アメリアに、もうリナに会いに来ないで欲しい。と言われてしまって」
疲れた声で反論し、ガウリイは、困りきった表情で、デュクリスに視線を送る。
途端に、彼の眉間に皺が寄る。
「何かやらかしたのか?」
声色は、気の弱い人間が聞けば、理由もなく謝ってしまう程、険悪さが含まれていた。答え次第では殴られ兼ねない雰囲気に、慌てて首を振るガウリイ。
「まさか!アメリアには、何かあった方が良かったて言われたくらいで!」
「なんだ、そうか。それなら良いんだ。そうさなぁ……あっちが迷惑がってるなら、迷う事なんかない。会いに行かなきゃ良いだけだ」
安堵の息を小さく吐き出したデュクリスは、視線を伏せ、少し考えた素振りを見せてから、自分の髪の毛を乱暴に掻いた。
その言い方は、納得出来ない決まり事を、納得出来ないと言う若者に、決まり事だから仕方ない。と、説き伏せる長者の様な諦めが含まれていた。
その僅かな響きに、ガウリイの眉はピクリと動く。
「分かってます。年頃の女の子に、頻繁に会っていれば、変な噂が立つだろう。というのは。だから、呼び出す時は必ずアメリアも一緒でしたし、人目のある所で話を少しするだけにしてました」
「分かってるなら、何で会いに行ってた?何を迷う?」
「約束したんだ。オレが居るから。て。まだ護られてなきゃいけない年齢の女の子が、大人を諦めてるなんて、寂しくて」
「ふむ………」
悔しそうに表情を歪めたガウリイを、低く唸ったデュクリスが、何かを推し量る様に見、
「一つ、頼まれてくれるか?」
と、悩みとは関係のない事を、言ったのだった。

翌朝の早い時間、ガウリイは未だに中央区に居て、道を歩いていた。
その隣で、
「………何でこんな面倒事に」
仏頂面で呆れた溜め息を吐き出したのは、ガウリイの士官学校時代の親友で、名をゼルガディス・グレイワーズという。
少し癖のある銀髪、青い瞳、始終気難しい表情の彼は、筆記試験で主席、実技試験をトップクラスで卒業し、近衛兵団へ配属された人物である。
ガウリイが中央区を訪ねる理由として、使っているのが、彼だ。
衛兵でも、中央区に理由もなく入れないので、ガウリイはそうしており、その為、一応親友を訪ねている。
で、何故ゼルガディスが隣に居るのか、と言えば、デュクリスに頼まれた事を遂行する為に、道案内兼付き添いとして選ばれてしまったのだ。
デュクリスにより早番から遅番に勤務を変えられてまで、付き合わされている彼は、自分の不運を呪った。
ゼルガディスの配属先は、部隊は違うが、デュクリスと同じ東警備所だったのだ。
「いいな、役目を終えたら、真っ直ぐ帰るからな。これ以上の面倒事を押し付けてくれるなよ」
「分かってるって」
昨夜から何度目か、数えるのも馬鹿らしい程に言われた忠告に、ガウリイは苦笑しながら頷いた。
デュクリスとの話の流れで、道案内兼付き添いをゼルガディスに頼む事になったので、彼が寝泊まりしている寮の部屋に押し掛けたのだ。
当然、歓迎されなかったし、こういう面倒事に巻き込んだので、不満と文句を言われ、先程の忠告を事ある度に言われており、さしものガウリイも閉口気味である。
「お前の分かった。は信用ならんから、何度も言ってるんだ」
静かながらも鋭い視線と声のゼルガディス。何度かそれで迷惑を被った経験があるからこそだ。
迷惑をかけた覚えがありすぎるガウリイも、勿論反論出来る筈がなく、
「……信用しろてのが無理だよなぁ」
と、力なく苦笑するしかなかった。

目的地は、ガウリイが見知っている地域にあった。
「ここなら、場所教えてくれたら、一人で来れたのになぁ」
「馬鹿か。お前に寄り道させない為に決まってるだろ」
頬を掻きながら独り言を漏らしたガウリイに、しっかり突っ込みを入れたゼルガディス。
今居る場所は、中央区の東端にある修道院前。リナ達が通うサンクチュ学園及びその寮から程近い場所にある。
「その前に、行き先の名前で気付くべきじゃないのか。例の家出少女が居る所からすぐなんだからな」
ついでに、と皮肉げに言い、ゼルガディスは隣を白い目で見た。
頻繁に自分を訪ねて来る理由を、数度目の来訪で、彼は聞き出していたのだ。
そして、こっそり内心溜め息を吐いた。目的地が、ここだからこそ、道案内兼付き添いという名目の、監視役を任されたのだろうな。と。
「そうは言うが、こんな所に興味あった方が問題あるだろ?」
鼻の頭を掻き、バツが悪そうに眉を下げるガウリイ。
その時、二人の前に、一人の女性が現れた。
「お待たせ致しました。貴男方が兄の?」
銀の長い髪を後頭部の高い所で結び、涼しげな翠の瞳の、20代前半と思しき彼女を見て、ガウリイは戸惑いながら、口を開く。
「デュクリスさんの妹さん?」
「えぇ」
小さく頷いた彼女は、厳ついデュクリスとは、まるっきり違って、線が細い美女であった。
彼女が、今回デュクリスからの頼まれ事の主役である。
≪続く≫