【ターニングポイント】‐2‐ |
町の南側の麦畑に、ガウリイは居た。 そこの主は、50代の夫婦と、その息子夫婦。 妊娠中だという、嫁以外の3人と、収穫をしていた所、遠くで騒ぎが起こり、了承を得て、ガウリイは走り出していた。 畑仕事で邪魔になるが、剣はいつも持ち歩いていて、仕事中は、近くに置いてある。 それを拾い上げ、町の東側へと向かうと、青年団なのだろうと思われる3人の青年達が、先を走っていた。 追いつこうと、足を早める前に、現場が目に飛び込む。 薙ぎ倒された樹木、荒れた畑、血を流し倒れている男、その男を守っているのか、鉈を構えている男にも傷がある。 そして、獲物を視線に捉え、口を大きく開けた人有らざる異形。 その瞬間、先頭を走っていた青年が、青白い光の矢を解き放ち、 ―ギィッ!! と異形が鳴き、青年へと視線を向ける。 2人の青年が、左右に散開し、異形を囲む様に駆け、正面に残った青年は、腰を下げ這う様に真っ直ぐに走り出す。 迷いのない動きと、計算された連携に、ガウリイは更に走る。別の方角へと向かって。 そちらには、鬱蒼とした森があり、そちらからも、物騒な気配がしていたからだ。 獣道から出て来た異形を、一気に間合いを詰めて二薙ぎで沈め、森へと踏み入れる。 目に飛び込んで来たのは、盛り上がる土砂と、その向こうに見慣れた白い影に、それを囲む異形。 異形に、錐と化した土砂が迫り、続いて白い影が、近くの異形へと剣を振るう。 それと同じくして、ガウリイは、異形を背中から、袈裟がけに葬り、それが塵と化すのを見届けずに、走る。 白い影を、左右から襲おうとしていた異形、白い影は、ガウリイが来る方向とは逆の方向の異形へと、剣を向け、もう一体の異形に背中を向ける。 本能のまま、その背中に鋭い爪を振り降ろそうとした腕が、二の腕から斬り落とされ、それは地面に落ちる前に、塵と化し風に浚われ、続いて、返す刀で、その首が、斬り落とされる。 「はぁ!!」 気合いの篭った声と、魔法で紅く光った剣で、最後の一体を、遅れて塵へと化し、 「ふん、余計な事を」 白い影が忌々しげに、振り向いた。 それに、苦笑で応えるガウリイ。 「よく言う。その腕の怪我なんだよ?」 「枝に引っかけただけだ」 「お前さんの肌に、傷を作るなんて、最近の枝は、随分頑丈なんだな」 ガウリイの前に居るのは、鋭い印象のある整った顔立ちの、銀髪と全身を白で隠した、20代半ばの男。 その左腕には、手首から肘に向かって、爪の様な傷があり、服に隠された、岩の様な青い肌を、外気に晒させていた。 白ずくめの顔が、苦笑を浮かべる。 「こんなもの、擦り傷にもならん。その前に、町が気になる」 「だな」 ガウリイが来た方向へと駆け出す2人。 走りながら、白ずくめは、魔法で怪我を治していた。 とうに、物騒な気配がないのを、感知しているので、それだけの余裕があるからだ。 だからと言って、町へと向かった獣による被害が心配なのも、変わりがない。 昔の自分なら、気にする事のないそれに、気にする自分を、白ずくめは、内心苦笑した。 お節介な奴等に、感化されたか?と。 森を出て、先程の荒れた畑へと辿り着く。 そこに居たのは、包帯を身体に巻かれ、倒れている男と、青年団の1人が自らの足を包帯で巻く姿と、座っている男の頭に、薬を塗っている、セイの姿。 そこに、異形の姿は無く、騒動が終わっている事に、胸を撫で下ろす2人。 それに気付き、 「運搬係発見♪」 にぃと、口の端を上げたセイは、素早く包帯を巻くと、ガウリイの方を指差した。 「は?」 「まあ、可愛い女の子の方が、担ぎがいがあるのは、僕にも分かるけど、一時を急ぐから、倒れている奴、診療所に運んでくれる?」 「ああ」 どうにも、緊張感のない声に、横たわっている男を、背中に背負おうとするガウリイ。 が、 「待った。そこの怪しいの」 「あっ?!あや??!」 ガウリイの動きを制し、セイが指を向けたのは、白ずくめ。 自分を真っ直ぐ指差し、気にしている所をズバリと言われた事に、目を剥いている。 昼の光の下、フードやマントなどで隠していても、隠し様がない左腕が、自らの異形を物語っているとはいえ、真っ向からそれを指摘されるのは、数えるだけ。 そんな光景に、ガウリイは、つい肩を震わせた。 嫌悪も、臆面もなく言ってのけたセイに、白ずくめが、返す言葉を無くしていると、 「あんたも、運ぶの手伝ってくれる?脊椎損傷の恐れがあるから」 と、当たり前の事の様に、セイに用事を言いつけられる。 「あ、ああ」 戸惑いながら、頷く白ずくめ。 「担架を取りに行かせてあるから、移動はそれから」 異形の姿に、脅えを見せないセイに、白ずくめは頷くしか、返す事が出来ない。 そればかりか、 「ねぇ、腕さ、自分で治したの?」 「ああ」 友好的とさえ思える口調に、ますます白ずくめは、戸惑う。 初対面で、ここまで屈託なく話されたのは、あまりない事なのだ。 遠い世界の人間なのに、開けっ広げな黒髪の少女さえ、最初は僅かに警戒心を滲ませていたのだから。 そんな戸惑いを置き去りに、会話は進む。 「『復活』使える?」 「いや」 「じゃあ、『治癒』か……なら、こいつ、治してやって」 指差された方を見れば、足に包帯を巻いた、軽装な装備の青年。 その視線に気付いたのか、青年がギクリと身体を震わせた。 一般的な反応だ。 いつもは、分かっていながらも、どこか暗い気分になるが、今回は、それに安堵する白ずくめ。 「何?見た目怪しいからって、その態度?僕が、手荒く治療しても良いけど?」 「ひっ!!」 にこやかな口調のセイの言葉に、青年の顔が、みるみる青くなる。 「どっちを選ぶ?僕か、見た目怪しいこいつか」 「あ、怪しい人で……」 蒼白な顔で、セイの言葉に答えた青年。 そのやりとりに、 「ぶっっっ!!」 と、失礼にも、ガウリイは吹き出して、白ずくめは、一瞬目眩いを感じた。 担架を持った、軽装の装備の2人が、ほどなくやってきて、倒れている男の様子を見ていたセイは、素早く薬と包帯をしまう。 「あ、有難うございます」 治療が終わり、白ずくめが腰を上げると、青年はおずおずと頭を下げ、 「大した事ではない」 白ずくめが、視線を反らした先では、ガウリイと、青年2人によって、背中を怪我している男が、慎重に担架に乗せられていた。 その横で、左肩に手を置き、首を回し、息を吐いていたセイが、口を開く。 「ガウリイと怪しいのは、担架を。レクスとマークは、コービーを」 「セイ、この人は?」 「さあ?でも、害はないから。今はそれで十分」 担架を持って来た青年の1人が、白ずくめに視線をやるが、セイからの返答は、しらっとした応えだけ。 「まあ、そうだな」 それで納得したのか、頭に包帯を巻いて座っている男の腕を、青年は肩に掛ける。 「ゼル」 「ああ……」 ガウリイに呼ばれ、白ずくめは、担架の足の方に回る。 散々怪しい怪しいと言われ、害が無いという、人格を識別するには、余りにも酷い言葉まで言われたのに、何故か嫌な気分にならない自分に、首を傾げながら。 頭の方に回ったガウリイは、担架を後ろ手に持ち、 「行くか」 短い言葉と同時に、担架を持ち上げた。 それで通じた白ずくめは、同時に担架を持ち上げており、担架は傾く事なく、地面から離れた。 診療所では、腕を負傷した女性が、治療を受け終わった所であった。 異形に襲われた、畑の所有主の娘で、青年団に、それを伝えた後、診療所を訪れたのだ。 「父さん……兄さん……」 待合室の椅子に座り、女性は顔を手で覆った。 背中に傷を負った男は、彼女の父親で、彼女を庇った為の負傷なのだ。 そして、半狂乱になった彼女は、兄の叱責に従い、助けを呼びに走ったのだ。 残った2人の安否を憂慮し、彼女は神に祈った。 |
≪続く≫ |